私たちの身体の悩みは様々ありますが、国民生活基礎調査によりますと、身体で困っている症状の第1位は腰痛で、約10%の方が腰痛で困っていると回答しています。痛みが強くなると日常生活もつらいものとなり、仕事を休んだり場合によっては辞めざるを得なくなる方もいます。
痛み自体も気分を落ち込ませますが、思うように仕事や家事ができなくなることで、経済的な心配や、今後の人生について不安に思うなど、先が見えない暗い気持ちに覆われてしまい、人生の質が低下してしまいます。
腰痛を早期に解決しないと、不安や閉塞感など心理的な要因も絡んで、痛みは増幅され、次々と連鎖をして行き、大変な状態となってしまいます。『看護師の腰痛体験記』を読まれるとその大変さがよく理解できると思います。しかし、もつれた毛糸のようにこんがらがった腰痛でも、筋筋膜性疼痛症候群の視点で地道に治療して行けば確実に改善する事もおわかり頂けると思います。
腰痛で医療機関を受診し「椎間板ヘルニア」や「脊柱管狭窄症」が見つかると、これらの構造的な異常が痛みの原因とされますが、構造の異常が直接的に痛みに関与しているかどうかははっきりしておらず、筋のトラブルという視点で治療を行いますと、長年の腰痛がスッキリ解決します。
腰痛と言うと腰や臀部、そして背中で痛みを感じるのですが、この腰背部痛の多くは「関連痛」であることが多く、痛みを感じている所には原因がない事が多いのです。腰痛がなかなか治らなくて困っている方が多いのは、医療機関や治療家の方の多くが、関連痛の理解がない為です。
※参考 「関連痛ってなに?」⇒
◇ 腰痛の原因筋を探す
痛みがあっても、その場所に原因がない場合がありますので、実際にその場所にトリガーポイントがあるのか、それとも他の場所にあるトリガーポイントの痛みを「関連痛」として感じているだけなのかを確認することが大切です。
痛みの原因ではないところを治療しても効果がありませんので、原因となっている部位を見つける事が最も大切です。
『4-4 「痛み方」には3つパターンがある』を参照して下さい。
◇ 腰痛にもっとも影響する「腸腰筋」
下図をご覧下さい。お腹側の筋で身体を前屈したり、脚を引き上げる時に働く「腸腰筋」です。トリガーポイントがおへその横付近に生じた場合、痛みは背中側の腰椎の際で感じます。まさに多くの方が痛みを感じている部位です。
【イラスト図出典:『Myofascial pain and Dysfunction The Trigger Point Manual』 より引用 】
この筋は体の中心に位置し、上半身と下半身のつなぎ目にある事から、この筋のトラブルは腰痛を引き起こすだけでなく、上背部の筋、臀部の筋、そして大腿部の筋まで影響し、緊張させることがあり、全身性の症状となって行きますので、腰痛治療では最も重要な筋肉です。
しかしながら医療機関はもちろん、代替医療においても、この筋へアプローチしているところが少なく、腰痛が治りにくい原因となっています。
腸腰筋のセルフケア 1(指圧)
腸腰筋は腹部の奥深くにありますので、指ではとても届きません。そこで、100円ショップなどで販売されています「麺棒(30cm位)」を使うと楽に押す事ができます。また、マッサージ器などで振動を与えるのも効果的です。
- 仰向けに寝ます。
- 膝を曲げて脚を立てるか、脚をソファーや椅子の上に上げてお腹を弛めます。
- すりこぎや麺棒などを使い、深呼吸に合わせてゆっくりとお腹を押します。
※ 痛みが強かったり、拍動を強く感じるような時は、控えめに行って下さい。
腸腰筋のセルフケア 2(PIR:ポスト・アイソメトリック・リラクセーション)
指圧でお腹を弛めた後に、今度はPIR(ポスト・アイソメトリック・リラクセーション)を使って腸腰筋を整えます。
- 四つん這いになります。
- 片方の膝を前に出し、もう一方の脚は後ろに伸ばします。
- ゆっくりと息を吸います。
- 息を停めて数秒間保ちます。
- ゆっくりと息を吐き脱力します。
- これを数回行い、反対側も同様に行います。
腸腰筋のセルフケア 3 (筋膜ラインから調整する)
身体を支え、動かす時に重要な役割を果たしているのは「筋膜(facia)」です。広い意味での筋膜は「骨膜」「靱帯」「腱」「腱膜」なども含み、身体全体に繋がっています。これを「筋膜ライン」と呼びます。
どこかに痛みや動きの悪い所がある場合、そこだけに問題があるのではなく、この筋膜ラインのどこかにトラブルがあり、結果として痛みや動作制限として現れている事が多いのです。ですので、腸腰筋のセルフケアを行う場合も、この「筋膜ライン」をチェックしてケアする事が大切です。
特に上記のように「指圧」や「PIR(ポスト・アイソメトリック・リラクセーション)」を行っても弛まないような場合は、他の部位からの影響を考えなければなりません。
腸腰筋は身体の深部で姿勢を維持する筋膜ライン「深前線」に属しています。
(医学書院刊:アナトミートレインより引用)
この深前線は、側頭部から足底まで繋がっていますので、例えば、足首を捻挫したり、交通事故などで首の筋肉にトラブルが生じても、この筋膜ラインを通じて様々な所に影響が出てきます。
足首の捻挫の経験がある方や、下腿がいつも張っているような方は、下腿を押しながら腸腰筋を押圧すると、腸腰筋が緩み始めます。
①仰向けに寝ます。
②両膝を立ててお腹を弛めます。
③腹部の硬い所、痛い所を押しながら、同じ側の下腿を反対側の膝の上に載せて押します。
また、顎関節症の経験があったり口が開けにくい感じがある方は、側頭筋や咀嚼筋を指圧しながら腸腰筋を押圧すると、腸腰筋が弛み始める事がよくあります。
①仰向けに寝ます。
②両膝を立ててお腹を弛めます。
③腹部の硬い所、痛い所を押しながら、同じ側の咬筋や側頭筋を指圧します。
幼少時からのこれまでの人生を振り返って頂き、事故やケガがどこにあったかを思い出して、その部位のケアをすることで、全身のコリや痛みの改善がスムーズになります。
◇ 後ろに反る時に腰痛を引き起こす「腹直筋」
次の図はこれもお腹側の筋で「腹直筋」です。この筋の上部(胃の辺り)にトリガーポイントが生じますと、肩胛骨の下部の背部痛を起こし、下腹部にトリガーポイントが生じますと骨盤の縁に沿った痛みを起こします。
私達が後ろに反る姿勢をするときは、この腹直筋に力が入り、上半身の重みを支える働きをします。トリガーポイントが生じている筋は短縮し酸欠状態となっていますので、力が入ることで痙攣を起こすようになります。上半身の重みを支える働きをするときに、腹直筋に痙攣が起きると、腰や背中に痛みが走ります。
また、仰向けに寝た状態から起き上がる動きや、寝返りをうつ動きでも腹直筋が働きますので、そのような動きが辛くなります。
【イラスト図出典:『Myofascial pain and Dysfunction The Trigger Point Manual』 より引用 】
このように、腰痛だからと言って腰の筋に原因がない場合が多く、腰部以外の筋をチェックし原因となっているトリガーポイントを見つけ、それを弛める事が痛みの緩和につながります。特に腹部の筋のトリガーポイントを弛めることはとても大切です。慢性の腰痛でお困りの方はまず腹部の筋の指圧したり、マッサージする事をお勧めします。痛みが楽になり、身体が軽くなるのを実感される事でしょう。
◇ 慢性腰痛の改善にはハムストリング筋が重要
慢性の腰痛の治療で欠かせないのが、大腿部裏側の「ハムストリング筋」です。この強力な筋は下図のように骨盤の坐骨に付着していますので、この筋が緊張し短縮しますと、骨盤の後面を下に引き下げることになり、腰や背部の筋に強い影響を与えます。
その為、ハムストリング筋の治療をせずに腰や背中の治療をしても、なかなか改善しないということになります。
椅子に腰掛けていると坐骨周囲やお尻に違和感が出始め、やがて痛むようになるときは、このハムストリング筋がトラブルを起こしていることが多いのです
【イラスト図出典:『Myofascial pain and Dysfunction The Trigger Point Manual』 より引用 】
誤診されてきた腰痛(椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症・坐骨神経痛)
腰痛の原因として挙げられる代表格は「椎間板ヘルニア」と「脊柱管狭窄症」でしょう。
これは脊椎と脊椎の間にある椎間板が突出し、神経根を圧迫することによって、お尻から下肢へと痛みや痺れ感が生じる疾患とされていますが、背中に近いあたりから下肢までのどこかに痛みやしびれがあり、レントゲンやMRIで椎間板の突出や脊柱管の狭窄が見つかると、たいていこの疾患名がつけらるようです。
脊椎に異常が無くお尻から下肢にかけて、痛みや痺れ感がある場合は「坐骨神経痛ですね。」と診断されるでしょう。しかし、これらの痛みや痺れ感も、トリガーポイントが原因です。
臀部から大腿部、場合によっては下腿や足首まで痛みや痺れ感が生じると「坐骨神経痛」と診断されますが、このつらい症状も筋のトラブルを解消することで短期間に軽減する事ができます。坐骨神経痛と言われるような症状が出現した場合は、上記の腰痛に関わる筋の処理に他に臀部の筋のチェックと治療が必要になります。
それは、「大臀筋」「中臀筋」「小臀筋」です。
主に臀部で痛みがあり、じっと座っていられないような症状の場合は「大臀筋」を弛めると楽になります。
【イラスト図出典:『Myofascial pain and Dysfunction The Trigger Point Manual』 より引用 】
仙骨の周囲を中心に臀部から大腿部外側面に主に痛みを感じる場合は、「中臀筋」のチェックと治療が必要です。
【イラスト図出典:『Myofascial pain and Dysfunction The Trigger Point Manual』 より引用 】
大腿部外側面や後面、そして下腿から足首まで痛みや痺れ感が拡がっているような場合は「小臀筋」のチェックと治療が必要です。慢性腰痛に関わる筋と、小臀筋の治療を行いますと、歩けないようなつらい症状が短期間で改善します。
【イラスト図出典:『Myofascial pain and Dysfunction The Trigger Point Manual』 より引用 】
この症状で医療機関を受診するとまず間違いなく「坐骨神経痛」と診断され、たまたま椎間板の突出や脊柱管の狭窄が見つかると「椎間板ヘルニア」「脊柱管狭窄症」と診断されているのです。
(ハムストリング筋のTP)
(梨状筋のTP)
しかし、これらの筋に生じたトリガーポイントを弛めると、お尻から大腿部の激痛は短期間で軽くなります。
目次
- 1.日本の痛み医療は遅れている!?
- 1-1 現代医学は痛みの原因のとらえ方を間違えています。
- 1-2 今までの「痛み常識」を疑ってみる
- 1-3 画像診断は役に立たない
- 1-4 構造的アプローチから機能的アプローチへ