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「一、開戦」

昭和十六年十二月八日、真珠湾攻撃の戦果を伝える大本営発表のラジオ放送で、戦争開始を知ったのは、旧制福岡高校の三年生の時であった。

私たちの少年時代は、昭和六年九月の柳条溝事件に端を発した中国との紛争が、政府の不拡大方針にも拘らず、上海事変へと飛び火し、やがて中国全土に戦線が拡大して行くという時代であったから、大東亜戦争の開始は、いわば戦線の新たな拡大に過ぎなか。たが、当時世界の五大強国といわれたアメリカやイギリスなどの列強と、直接銃火を交えるというニュースには、身震いするような興奮を覚えた。

有史以来、一度たりとも他国の侮りを受けたことのないという神国意識を、幼児のときから叩き込まれていたので、敗戦などということは考えてもみなかった。

むしろ、昭和八年の国際連盟脱退以後、年毎に強まる西欧諸国のわが国への圧力、とりわけ開戦直前のABCDラインと言われた対日包囲網に、耐え難い欝陶(ウットウ)しさを感じて居たので、頭上を覆う黒雲を一気に払いのけたような爽快感を覚えたことであった。

今にして思えば、笑止の極みであるが、大本営発表による情報しか与えられなかった国民の多くは、私と同じ思いではなかったろうか。

(注)柳条湖事件=満州事変の発端となった事件。
一九三一年(昭和六)九月一八日夜、関東軍は参謀石原莞爾中佐らの謀略計画により、柳条湖で満鉄線路を爆破し、中国軍のしわざと偽り、攻撃を開始した。
なお、地名を柳条溝とするのは誤り。

(注)上海事変=①(第一次)満州事変に関連して、上海とその郊外で行なわれた日中両軍の戦闘。一九三二年一月二八日に始まり五月まで続いた。
②(第二次)盧溝橋事件に関連して上海で生じた日中両軍の戦闘。一九三七年八月一三日に始まり。日中戦争の全面化に連なる。

(注)盧溝橋事件=日中戦争の発端とな。た事件。昭和十二年七月七日夜、盧溝橋付近で演習中の日本軍が銃撃を受け、これを不法として良く八日早暁中国軍を攻撃し、両軍の交戦にいたった。

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