トリガーポイントとは?腰痛・肩こり・関節痛などの痛みの原因です。

トリガーポイント研究所

昭和の戦争を考える⑤

大正14年陸軍現役将校学校配属令が公布されているが、中学以上の学校では、それ以前から軍事教練が行われていたらしい。昭和10年入学した小倉中学にも、陸軍から派遣された配属将校がいて、授業の一科目として、三八式歩兵銃を担いでの軍事教練が行われていた。射撃、銃剣術、匍匐前進、何をやらせても駄目な私は、いつも叱られるばかりで、最も嫌いな学科であった。

昭和14年、福岡高校に入学した。旧制高校ではまだ自由を謳歌する気風があり、右傾化する世相に対し敢えて抵抗する気分が漂っていた。そうした高校生は思想統制をする当時の官憲には、苦々しい存在であったに違いない。

同級生数人、朴歯(ほおば)の高下駄を履いた姿で、天神町の交差点を渡っていたら、信号無視の疑いで派出所に連行され、警察官に戦時下の心がけなど、長々と説教されたこともあった。

高校にも教練の時間があったが、みんなあまり真面目に受けているようには見えなかった。
しかし、昭和8年の国際連盟脱退以来、国際的孤立の道を行く日本への風当たりは日増しに強くなっていた。

また日中戦争による物資の消耗により、国民生活は次第に厳しくなり、親の脛齧りの暮らしにも影が射していたのか、前途の見えない閉塞感が漂い始めていた。