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「戦後七十年の短歌」

今朝の毎日新聞に「戦後70年の節目に」と題する歌人松村正直氏の短歌評論が掲載されている。
今月は安倍総理の「戦後70年談話」を始めとして様々な人の談話や論説が見られたが、それら一連の散文より心に染みるものがある。戦後七十年八月を締めくくるものとして、その全文を書き留めておく。

先月二十日に長崎で現代歌人のシンポジウム「竹山広-戦後70年」が開かれた。長崎での被爆体験や戦争に対する思いを読み続け2010年に亡くなった竹山広の歌をあらためて読み直そうと言う内容である。

まぶた閉ざしやりたる兄をかたわらに
兄が残しし粥をすすりき       『とこしへの川』

水のへに到り得し手をうち重ね
いずれが先に死にし母と子

人に語ることならねども混葬の火中に
ひらきゆきしてのひら

亡骸の子はその母に遇ひしかば
白きパンツを穿かせられにき     『残響』

一首目、被爆した義兄の最後を竹山は看取るのだが、義兄が死んだゆえに残った粥(かゆ)を食べた事実を詠んでいるところに凄みがある。
二首目、水を求めて川辺まで来て息絶えた母子。どちらが先に亡くなったかを問うことによって、読者をその現場に立ち会わせる。
三首目、多くの遺体を一カ所にまとめて焼いている場面。炎の中で開いていく指のことが忘れられない光景として作者の脳裏に刻まれたのだ。
四首目、裸同然の姿で亡くなった子なのだろう。せめてパンツだけでも穿かせてやりたいと言う母の思いが胸を打つ。

竹山には、毎年八月九日の原爆の日を詠んだ歌も多くある。

一分ときめてぬか俯す黙祷の「終わり」といへば
みな終わるなり                『千日千夜』

この川の水に重なりゐたる死者
一日おもひ一年忘る

平和記念式典が次第に形式化していくことに対する批判的な眼差(まなざ)しは、普段は死者のことを忘れて暮らしている自分自身にも向けられている。被爆体験を風化させまいとする強い信念が感じられる歌だ。

竹山には

四十年目四十年目とひとらいふ
原爆の日を待つもののごと

五十年五十年ぞといふ声のいよいよしげき
夏至りたり

といった歌もある。区切りの良い年だからということではなく、七十一年目にも七十二年目にも、私たちは語り継いでいかなくてはならない。

(平成二十七年九月一日)