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	<title>トリガーポイント研究所</title>
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	<description>腰痛・肩こり・関節痛などの痛みの原因、トリガーポイントを知るために！</description>
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		<title>「十三、悪夢」</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Feb 2012 07:07:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[Private　Room]]></category>
		<category><![CDATA[弱兵物語]]></category>

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		<description><![CDATA[開戦当初は華々しい戦果が伝えられたものの、昭和十七年六月のミッドウェー海戦をを境に戦局は次第に傾き、アッツ島での玉砕、ガダルカナルよりの撤退と、敗戦の色濃くなる中で、私たちは入隊したのであった。 しかし私たちに伝えられる [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>開戦当初は華々しい戦果が伝えられたものの、昭和十七年六月のミッドウェー海戦をを境に戦局は次第に傾き、アッツ島での玉砕、ガダルカナルよりの撤退と、敗戦の色濃くなる中で、私たちは入隊したのであった。<br />
	しかし私たちに伝えられるものは、大本営発表によるニュースに限られ、入隊してからは、そうしたニュースも耳にすることはできなくなった。だから戦局がどれほど深刻なものとなっているかは、知るよしもない。<br />
	毎日の演習と内務班の雑事に追い回される兵隊にとっては、その日その日をなんとか無事にやり過ごし、一刻も早くベッドに潜り込むことのみが、最大の関心事であった。<br />
	上官の目が届かない洗濯や靴磨きの時など、たまに同僚と戦局についての噂話をすることはあったが、自分たちにはどうすることも出来ないことを、あれこれ思い煩ってもはじまらない。その頃の私は、そうした無知と無関心の中に浸っていた。<br />
	昭和十九年の七月初めぐらいだったか、新たに積兵団が編成されることになり、私も積二部隊（正式名称は歩兵一八七連隊）の連隊本部要員を命じられたた。前に菊部隊補充要員に編入されたときと同様に、新品の被服が支給されたので、戦地へ出動することとは推測されたが、どこへ向かうのかは、私たち兵卒には知らされない。<br />
	積二部隊の連隊本部は、とりあえず将校集会所を仮事務所として、出動準備を進めることになったので、私は再び営門前の将校集会所に通うこととなった。<br />
	本部事務室では将校や下士官が忙しそうに出動準備の業務に追われていたが、私は彼らの指示に従って、書類の整理や梱包、時には連絡などの雑務をしていた。<br />
	ある日、連隊副官に呼ばれ、副官室に入ったところ、安部副官は柴田参謀と壁に掛けられた地図を指しながら話をしている。会話の終わるのを傍で待っていたが、二人の眺めている地図は大きな九州地図で、柴田参謀の指さしているところは大隅半島である。<br />
	どうもわれわれの出動先は南九州らしい。私はこのとき初めて米軍が日本本土に迫っていることを知り愕然とした。<br />
	だが、考えてみれば、「転進」という名のもとにガダルカナルを放棄したのは十八年二月。それから一年半ばかり経過しているのだから・・・。このとき「敗戦」の二文字が私の頭の中を駆け抜けた。<br />
	しかし、それがどういう形で自分の前に現れるのかは想像もできなかった。それよりも一瞬のこととは言え、私の脳裏に浮かんだ「敗戦」を、副官や参謀に気づかれはしなかったか・・と思ったが、副官が私の方に向いて言ったのは<br />
	「森軍医にすぐ来るように」<br />
	ということであった。<br />
	私は副官の前から下がりながら、頭の中をよぎった悪夢を追い払わねばと思っていた。だが、毎日の忙しい雑務はたちまちそんな悪夢を遠くへ押しやってしまった。<br />
	その時は考えてもみなかったが、将校達は私などよりもはるかに多くの情報を得ていただろうに、彼らはそんな悪夢は見なかったのだろうか。それとも私と同じように、目前の任務に没頭することで、追い払い追いはらししていたのだろうか。<br />
	（未完）</p>
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		<title>痛みの原因は骨格の歪み？筋肉のトラブル？</title>
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		<pubDate>Wed, 15 Feb 2012 07:08:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[所長のBLOG ～痛みで困っている方々に…～]]></category>
		<category><![CDATA[現代医療の問題点]]></category>

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		<description><![CDATA[トリガーポイント研究所には毎日多くの方からご質問やご相談がありますが、最近よくいただく言葉は「痛みの原因は骨格の歪みなのか？筋肉のトラブルなのか？いろんな説があってどれを信じたらいいのか分からない」というものです。 確か [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>トリガーポイント研究所には毎日多くの方からご質問やご相談がありますが、最近よくいただく言葉は「痛みの原因は骨格の歪みなのか？筋肉のトラブルなのか？いろんな説があってどれを信じたらいいのか分からない」というものです。</p>
<p>確かに現代医学では「腰椎椎間板ヘルニア」「膝関節の軟骨のすり減り」など、骨格の異常（構造の変化）が痛みの原因だと説明しますし、鍼灸、カイロプラクティックなどの代替医療家の方でもそのような説明をされる事がありますので、一般的には「痛みの原因は骨格の歪み」だと信じている方が多いでしょう。</p>
<p>しかし、なかなか痛みや痺れなどが治らず困っている方は、何とか良くなる方法はないのかと、ネットで情報を検索されます。すると<a href="http://www.tvk.ne.jp/~junkamo/" target="_blank">加茂淳先生のサイト</a>や当研究所を見られた方は、「痛みの原因は骨格の異常が原因だとは限らない」という説に出逢われます。そして、「筋肉のトラブルという説にも一理ある・・・」と感じられ、医療機関や代替医療の治療院で「私の痛みは筋肉のトラブルでは・・・？」と相談されます。しかし多くの場合それは否定されることとなり、「この痛みや痺れの原因はいったい何なのだろう？」と悩まれる事になります。</p>
<p>トリガーポイントが起こすさまざまな症状を「筋筋膜性疼痛症候群（MPS）」という概念にまとめ上げたのは、故ケネディ大統領の主治医を勤めたTravell博士とSimons博士なのですが、そのアメリカでも筋筋膜性疼痛症候群（MPS）の概念は主流ではありません。まして我が国ではほとんど知られていないというのが現状です。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4767811457/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&amp;tag=ramthawork-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4767811457">誰でもできるトリガーポイントの探し方・治し方 【腰痛】</a><img alt="" border="0" height="1" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=ramthawork-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4767811457" style="border-bottom: medium none; border-left: medium none; margin: 0px; border-top: medium none; border-right: medium none" width="1" /> にはこのような事が書いてあります。</p>
<blockquote><p>（前略）TravellとSimonsこそ腰痛をはじめとする筋膜の痛みの究極の治療法の発見者ではないかと思っている。残念ながら、2人の業績が今日行われている痛みの治療法に一石を投じたわけではなかった。医学部からはほとんど注目されず、主流の医学文献に引用されることも稀であった。1996年から2002年にかけての腰痛に関する3600の引用文献のうち、筋膜のトリガーポイント、あるいは単なるトリガーポイントを索引に載せているのはわずかに0.5%であり、年別に見てもこの数字が1%に達した年は一度もない。しかしながら、腰部の痛みの症例の大半は筋膜のトリガーポイントに原因がある。（Simons2004）　（後略）</p></blockquote>
<p>このような事から、「痛みの原因は筋肉のトラブルなの？、骨格の異常なの？」と、痛みで困っている方々は何を信じて良いのかと途方に暮れてしまうのです。</p>
<p>そこで、考えていただきたいのは、「腰痛」「肩こり」「関節痛」は、ここ十数年私たち日本人の悩みのトップ３であることです。もし「痛みの原因は骨格の異常説」が正しいのであれば、痛みで困っている方々は減って行かなければならないでしょうし、信頼度や費用の面では医療機関には太刀打ちできない代替医療の治療院に、痛みで困っている方々が訪れることは無いはずです。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>痛みが治りにくい原因について</title>
		<link>http://trigger110.net/archives/1505</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 02:07:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[「痛み」関連情報]]></category>
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[所長のBLOG ～痛みで困っている方々に…～]]></category>

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		<description><![CDATA[ケネディ大統領の主治医だったトラベル博士が著した「トリガーポイント・マニュアル」では、痛み治療において治癒力を阻害している要因に目を向け、それを解除していく事が最も重要だとしています。 　「治る人治らない人」&#8658; [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ケネディ大統領の主治医だったトラベル博士が著した「トリガーポイント・マニュアル」では、痛み治療において治癒力を阻害している要因に目を向け、それを解除していく事が最も重要だとしています。</p>
<ul>
<li>　<a href="http://trigger110.net/treatment/patient-type">「治る人治らない人」&rArr;</a></li>
<li>　<a href="http://trigger110.net/treatment/recidivation">「治りにくく再発しやすい要因」&rArr;</a></li>
</ul>
<p>実際、痛み治療に関わっている、医療関係の方や治療家の方は、重症なのに短期間に改善して行く人、軽症なのになかなか治らない人を必ず経験しておられると思います。</p>
<p>トリガーポイントは思わぬ所に痛みや異常な感覚をもたらしますので、これまでの「痛むところへの治療」、「異常な感覚を感じている所への治療」が上手く行かなかった事をこれまでも述べてきました。従いまして、痛みや異常感覚の引き金（トリガー）となるポイントを見つけ出し、それを治療することによって、長年治らなかった症状が改善しますが、「治癒力を阻害する要因」がいくつもありますと、原因となるトリガーポイントへの治療を施しても、なかなか結果が出にくかったり、一旦は改善がみられても、数日、場合によっては数時間で戻ってしまう事になります。</p>
<p>そのような時に私が重視していますのは、トラベル博士が書かれた事はもちろんですが、次の要因の解除を心がけています。</p>
<ul>
<li>リンパ液停滞の改善</li>
<li>内蔵機能の回復</li>
<li>過敏性の解除</li>
<li>不安の解放</li>
<li>関節のブロックの解除</li>
</ul>
<p>これらの要因がありますと、身体には無意識の緊張が入りますので、治療への反応が大幅に低下します。つまりこれらの要因の解決なしで治療を受けても、「労多くして功少なし」という事になります。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>第二十一話「百人一首」</title>
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		<pubDate>Thu, 26 Jan 2012 11:21:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[Private　Room]]></category>
		<category><![CDATA[思い出草]]></category>

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		<description><![CDATA[【第二十一話　百人一首】 &#160;柔らかい日射しがベランダに降り注いで、穏やかな元日の朝となった。もことに静かなよいお正月である。人生五十七回目の正月を迎えることとなったが、これまでのさまざまな正月にはそれぞれの思い [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>【第二十一話　百人一首】</p>
<p>&nbsp;柔らかい日射しがベランダに降り注いで、穏やかな元日の朝となった。もことに静かなよいお正月である。人生五十七回目の正月を迎えることとなったが、これまでのさまざまな正月にはそれぞれの思い出があって、今となってはそのいずれもが懐かしく感じられる。</p>
<p>子どもの時、小倉の西南女学院の教員住宅に住んでいた頃は、近くの丘で凧揚げをしたり、竹馬に乗ったりして遊んだが、何をしても不器用で、よろずに器用な兄には絶対かなわなかった。当時の凧は当今のようにいろいろな凧があるわけではなく、たいていは子ども相手の一銭駄菓子や（一銭店などと言っていた）の店先に吊り下げてある、奴凧を買ってきて、それに糸と新聞紙を細長く切った尾をつけて揚げたものだった。</p>
<p>しかし同じようにしても兄の凧は格好良く大空にグングンと昇っていくのに、私の凧はものの四、五メートルも上がったかと思うと、狂ったようにグルグル回って落ちてします。兄に言わせると、尾の付け方が悪いのだと言うが、同じように尾をつけても私の凧は言うことをきいてくれない。たまさか少し高く上がったかと思うと、近くの松の枝や電線にひっかかってしまう有様であった。竹馬に至っては体の平均をとる神経が駄目なのか、ついぞうまく乗りこなしたことがない。それでも寝床のなかで迎えなくてすんだ正月は私にとっては素晴らしく幸せな正月であった。</p>
<p>その頃毎月とって貰っていた少年倶楽部の新年号には、いろいろ楽しい付録がついていたが、いつも必ず双六が一つ付いていて、それを正月には兄弟で楽しんだものである。いろいろあった双六の中で、地球を振り出しに金星や土星を巡って最後に太陽で上がりになる宇宙大旅行双六が今でもはっきり思い出される。冥王星などという神秘的な星の名前もこの双六で初めて憶えたおもだった。ロケットも発明されていない時代で、宇宙旅行など夢のまた夢であったが、それだけに子ども心にとっては想像の世界の強烈な魅力があったのであろう。</p>
<p>カルタは初めはやはり「いろはカルタ」で遊んでいたが、父が百人一首を買ってくれてからは、「いろはカルタ」はなんだか幼稚な気がして見向きもしなくなった。わが家ではいつも父が読み手で、家中でカルタ取りをした。時には当時わが家に出入りしていた明治専門学校（現在の九州工業大学）の学生も加わって賑わった。もちろん歌の意味など分かるべくもなかったが、父の実に調子の良いリズミカルな読み声を聞くのが好きで、大人の中にまじって取ったものである。初めのうちは誰でもそうであるように「田子の浦」「大江山」「天の原」などの数首を憶えているにすぎず、一枚取れるか取れないかという状態であったが、源平取り（二組に分かれての対抗戦）に加えてもらおうと、十二月になると毎年一生懸命憶えて、三年生ぐらいの時には大人と太刀打ちできるようになり、五年生の頃には百首全部暗唱できるようになった。当時の暖房と言えば部屋の片隅に置かれた火鉢ぐらいであったが、寒さも忘れて夜遅くまでカルタ取りに熱中した。百人一首は私にとって正月の最大の楽しみであった。</p>
<p>後に家庭をもつようになって、子どもたちはまだ小学校にも上がらない頃だったが、飯塚本町の元野木書店で百人一首を見つけ、矢も盾もたまらず、大枚五百円（当時の私の買い物としては、随分思い切った値段であったが）をなげうって買ったのも、子どもの頃の正月への強い郷愁のなせるわざであったろうか。</p>
<p>会社の独身寮にいた頃は、寮生同士でカルタ取りが盛んに行われた。当時の麻生本社には紅葉寮と大浦寮と二つの独身寮があり、寮対抗のカルタ会などもあった。また寮生だけでなく女性社員も勧誘してなかなか華やかなものになったので、それまで百人一首を全然知らなかった寮生まで、女性の前でいい格好しようとの一心で憶える者も少なくなかった。そのような時、私はたいてい読み手を引き受けることとなった。子どもの頃聞き惚れた父の読み声を思い浮かべ、それに近づくように心がけて読むのだが、なかなか父のように上手に読むことは難しい。その後職場でのカルタ会やわが家のカルタ取りに、三十年余読み手をつとめ、今までに何百回か百人一首を読んできたが、私の耳に残っているあの父の美声には未だに遠く及ぶところではない。しかし私は百人一首を自分なりのリズムで読むことが好きである。毎年正月に百人一首の読み手をつとめる度に亡き父のあの優しい面影が私の胸に蘇ってくる。</p>
<p>百人一首は読み手の上手下手で楽しさがぐんと違ってくるものである。これからもお正月を楽しくするために読み手をつとめ、自分の子どもや、さらに欲を言えば孫たちからもお正月の度に思い出してもらえるような声で読み続けたいものである。</p>
<p>階下では先ほどから賑やかな話し声が聞こえている。恒例の親戚よりにみんなが集まってきたようだ。ではそろそろ下りて読み始めるとするか。</p>
<p>「由良の門を渡る船人舵をたえ　行方もしらぬ恋のみちかな」</p>
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		<title>第二十話「悪筆の嘆き」</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 02:17:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[Private　Room]]></category>
		<category><![CDATA[思い出草]]></category>

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		<description><![CDATA[人間にどうして器用、不器用があるのだろう。生来不器用な私は、小学校の頃から習字や図画、手工の時間がめぐってくる度に、身の不運を嘆いたものである。親を恨もうにも、父親は習字の専門家ではなかったが、西南女学院の教師（理科、数 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><sup>人間にどうして器用、不器用があるのだろう。生来不器用な私は、小学校の頃から習字や図画、手工の時間がめぐってくる度に、身の不運を嘆いたものである。親を恨もうにも、父親は習字の専門家ではなかったが、西南女学院の教師（理科、数学の担任）時代に習字の選任教師が欠員の折、ピンチヒッターを務めたぐらいであったし、母も能筆というのではなかったが、小学校の教壇に立った人で、それなりの字を書いていた。にも拘わらず、その子の私は自分でも嫌になる程、救い難い悪筆であった。<br />
	私が通った明治小学校では、毎年冬休みの宿題に、「書き初め」があり、三学期に入ると、全員の作品が教室に貼り出されるのが、恒例となっていた。私の作品は家で書き上げたとき、既に自ら嫌悪感に駆られているのに、級友の見事な作品と並べて展示されてみると、ひとしお惨めで、許されることなら、すぐにも引き破ってしまいたい衝動が突き上げてくる。ところが学校という所はなんと意地悪なところだろう。その展示は二週間以上も続けられ、その間習字の得意な生徒は、幾たびも満足げに自分の作品を眺め、その後哀れな姿をさらしている私の作品に目をやると、こちらの僻目か、口元に冷笑すら浮かべているではないか。毎年そんな屈辱感にさいなまれながらも、一向に習字に励もうとしなかった。こんなことでは悪筆のなおる筈はなく、中学に入ってからも習字の時間は、針のムシロに座らされている思いであった。<br />
	中学生ともなると、能筆、悪筆の個人差はさらに甚だしく、当時私の隣にいた永田郁也君の書などは見事なもので、私は横から盗み見するだけで、胸苦しくなる程の威圧感を受けたものである。逆に自分の哀れな字を彼から見られぬよう左手で隠しながら習字をする始末。これでは習字の基本である姿勢が崩れ、良い字が書ける筈もない。<br />
	当時は今のように物の豊かな時代ではなく、普段の練習の時は、一枚の半紙の上に、なんべんでも書き、真っ黒になるまで使うのを常としていた。そこで習字の時間は、墨の空磨りなどして、出来るだけ時間をつぶし、後はなるべく早く紙を真っ黒に塗りつぶして、傍から見られても、どんな字か判別出来ないようにする。その真っ黒な紙の上で筆を遊ばせ、習字の時間の終わるのをひたすら待っていた。<br />
	ある日、例によって真っ黒に塗りつぶした紙の上で筆を動かしていたら、岡島先生が私の席まで巡回してきて、「佐藤よ、紙の節約もいいが、時には紙を取り替えろよ。これじゃ折角のお前の見事な筆跡も、さっぱり見えんじゃないか。」と皮肉を言われ、私はただただ赤面するのみであった。<br />
	このように筆墨による習字は特に苦手であったが、ペンや鉛筆によるノートの字も、いわゆるミミズが這ったような字で、他人はおろか、後日自分でも判別できなくなるような、情けない字であった。それが何の因果か、西部四十六部隊の初年兵の時、連隊本部の事務室勤務を命ぜられた。今から考えてみると、当時私の属していた九中隊の隊付き先任将校に、小倉中学で剣道を教えて頂いた片山先生（先生は杭州湾上陸の折、日本刀で敵兵と共に機銃の銃身を一刀両断にしたと言う武勇伝があり、すでに金鵄勲章を持つ古参中尉で、中隊長も一目おく存在であった）がおられ、中学の時から知っている、ひ弱な私に配慮された人事であったかと思われる。さもなければ、いくら学徒兵といっても私ほどの悪筆が事務室勤務にされることは無かったろう。<br />
	事務室勤務と言っても、はじめは連隊本部での雑用をさせられていたが、昭和十九年七月、南九州防衛のため積兵団が編制されることになり私は積二部隊の連隊本部功績係に配属された。功績係は船越准尉を長とし、松尾伍長、吉積兵長と当時一等兵であった私の四人であったが、連隊全員の功績名簿の保管、整理、記録がその主な業務で、専ら字を書き書類を整理する毎日であった。<br />
	船越准尉は現役志願から准尉まで昇進した職業軍人であったが、松尾伍長は商業学校を出ており、銀行員が本職であった。また吉積兵長は中央大学出で、サラリーマンの応召者であった。いずれも事務室勤務となるだけに、なかなかの能筆であった。その中で悪筆の私は、毎日肩身の狭い思いをしながら、仕事をしなければならなかった。しかし、船越准尉をはじめ、みんな温厚な人柄で、私のような者をよくかばい、可愛がって頂いた。<br />
	ある日、例によって、ミミズが這いずりまわったような字を書いていると、さすがに見るに見かねてか、松尾伍長が「佐藤さん、（軍隊では、下級者に対しては呼び捨てなのだが、彼は事務室の中では下級者にも「さん」付けで呼んでいた）字の上手下手は、ある程度天分のもので、どうしようもないが、事務での字は芸術ではないから上手である必要はない。誰が見ても、はっきり分かる事が肝心だ。だから字を続けずに、一字一字楷書で書くようにしなさい。下手な人ほど字を崩して書きたがるが、ごまかしていては上達できないよ。」と諭された。とかく変なくずし方で、何とか下手な字をごまかそうとしていた私は、穴に入りたいような恥ずかしい思いをしたが、まことにありがたい教訓であった。<br />
	それから多少時間がかかっても、楷書で書くように努めることとした。また、それを脇で見ていた吉積兵長は、後で二人きりになった時、松尾伍長の指摘で私が余程落ち込んでいると思ったのか、「佐藤君よ（彼は君付けで呼んでくれていた）松尾班長の言われるとおりだ。楷書で書くようにしたら、君もきっと上手くなるよ」と励ましてくれるとともに、「上手な人の字を見ることも勉強になるものだ。幸い我々には松尾班長という立派なお手本が身近にあるのだから。」と教えてくれた。成る程そう言われて松尾班長の字を見てみると、今まで自分が丁寧に書いても、不格好な形にしかならない字を、実に美しく釣り合いのとれた字にしている。自分の字と比べてみると、長く伸ばすべきところ、一画一画の間隔の取り方、曲線の曲げ具合、撥ねるべきところの撥ね具合など、随分違いがあることが分かってきた。<br />
	しかし長年にわたって凝り固まった悪筆は一朝一夕に直る筈もなく、麻生に入社してからも、常にきれいな字を書くまわりの人が羨ましくてならなかった。ことに吉隈炭坑の労務係のときは、係長の小樋さんや、事務を共にした久保純男君などの筆跡は、まことに見事なものであった。その頃久保君が一日病気欠勤した日に、私が彼の事務を代行し、日頃彼が記入している帳簿に、私の拙い字で記入したことがある。私としてみれば、見事な彼の筆跡が並ぶ横に記入するのだから、精一杯丁寧に書いたつもりである。しかし字の優劣は掩い難く、誰が見ても見苦しい一ページであることは明白であった。翌日出勤してきた彼は、その帳簿をひろがた途端、無言のままピリピリとそのページを破り捨て、一ページまるまる書き直したことであった。私は日頃から、神経質なまでに美意識の強い彼の性格を心得ていたので、腹が立つよりも、それほどまでに筆跡に厳しい彼の感覚に心密かに敬意を払ったものである。しかし係長や久保君の字は、もはや素人放れした能筆家の字で、ただ何とか字体を整える事に汲々とする私ごときが真似しても、真似し得るものではなかった。<br />
	そのことがあって以来、暫く忘れていた松尾班長の教訓を思い出し、再び楷書書きを心がけるようにした。その後本社の文書課に席を置くこととなったとき、当時その見事な筆で、人事辞令などを書いていた広津ウメ女史が「佐藤さん、あなたは字が下手だと言っているが、あなたの字はとても素直で分かりやすい字よ」とおだててくれた事がある。彼女はかつて小学校の先生をしたこともあってか、「小学校の教科書をお手本にするといいわ」ともアドバイスしてくれた。ちょうど長女が小学校に通っている時でもあったので、早速家で子どもの教科書を開いてみると、平仮名の書き方などについて、なんとなく会得するものがあるようなきがしてきた。それからは仕事の上で字を書くときも、手紙などを書くときも時間の許す限り、ペン習字のつもりで書くように心がけてきた。<br />
	「至愚は移すべからず」と孔子も宣われたとか聞くが、悪筆も移すべからずで、私の字は未だに拙劣の域を出ないが、一生懸命ていねいに書けば、なんとか他人様に読んで頂ける字が書けるようになったのは、私を諭し、励まして頂いた松尾班長をはじめとする多くの方のおかげであると深く感謝している。しかし、やはり悪筆は移すべからずで、今もつい走り書きをするとミミズの歩みになってしまうのは、まことに情けない限りである。<br />
	いまやこうしてワープロに頼り、心おきなく走り書きも許されるのに、今度はキーを叩く自分の指が思うに任せぬとは、まことに皮肉なことである。（平成二年）</sup></p>
<p><a href="http://trigger110.net/archives/1424"><sup>&rArr;第二十一話「百人一首」</sup></a></p>
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		<title>新会員のご紹介</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 11:33:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[所長のBLOG ～痛みで困っている方々に…～]]></category>
		<category><![CDATA[未選択]]></category>

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		<description><![CDATA[岐阜県可児郡御嵩町にあります、おぐら接骨院の小倉健一先生が、トリガーポイント研究所の活動にご賛同頂き、賛助会員としてサポートしていただけることとなりました。　 小倉先生は、トリガーポイント研究で著名な関西医療大学の黒岩共 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>岐阜県可児郡御嵩町にあります、おぐら接骨院の小倉健一先生が、トリガーポイント研究所の活動にご賛同頂き、賛助会員としてサポートしていただけることとなりました。　</p>
<p>小倉先生は、トリガーポイント研究で著名な関西医療大学の黒岩共一先生の門下で、筋筋膜性疼痛症候群およびトリガーポイント治療に取り組まれておられます。また、キネシオテーピングも治療に取り入れておられるなど、痛み治療に真摯に取り組んでおられます。</p>
<ul>
<li>　<a href="http://ogura-sekkotsuin.com/index.php" target="_blank">小倉先生のサイト&rArr;</a></li>
<li>　<a href="http://trigger110.net/lab/members">賛助会員・サポート会員について・・</a>・</li>
<li>　<a href="http://trigger110.net/member-list">賛助会員・サポート会員リスト</a></li>
</ul>
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		<item>
		<title>「十二、握手」</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 00:14:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[Private　Room]]></category>
		<category><![CDATA[弱兵物語]]></category>

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		<description><![CDATA[靖国神社合祀事務の手伝いに、毎日内務班から将校集会所へ通っていた頃、新たに教育招集の新兵が入隊してきた。彼らは私より、四、五才は年上の者ばかりで、その多くは妻帯者であり、なかには子持ちの者もいたようだ。 軍隊では階級もさ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>靖国神社合祀事務の手伝いに、毎日内務班から将校集会所へ通っていた頃、新たに教育招集の新兵が入隊してきた。彼らは私より、四、五才は年上の者ばかりで、その多くは妻帯者であり、なかには子持ちの者もいたようだ。<br />
	軍隊では階級もさることながら、それにもまして軍隊での飯の数、経験年数がものを言う社会である。僅か数ヶ月しか違わないが、いまや私も彼らからすれば古参兵である。もう飯上げや食器洗いも、彼ら新入りの連中がしてくれ、食器の員数で一喜一憂することもなくなった。<br />
	それは大変有り難いことではあったが、私の隣のベッドに配置された新兵が、内務班のしきたりに従って、私の下着を洗ってくれたり、軍靴の手入れをしてくれたりするのには、いささか戸惑った。<br />
	私の付き人となった西二等兵は、私より五つ六つ年上で、娑婆では事務職のサラリーマンのようであったが、黒縁の眼鏡をかけた色白の、見るからに紳士である。<br />
	そんな人に、自分の下着を洗ってもらったり、靴磨きをさせるなど、平気でできるものではない。<br />
	夜のベッド作りも、すべて初年兵がするわけだが、つい昨日までさせられていた私まで、彼らがバタバタと忙しげにしているのを、古参の上等兵達と同様に眺めているというのは、どうも落ち着かない。そこで、自分のベッドは自分で作ろうと毛布を広げていたら、向こうの方にいた上等兵がツカツカとやって来た。<br />
	彼は私の隣で前屈みになり、毛布を広げてベッドを作っている西二等兵の腰を、いきなりいやというほど蹴り上げた。よろけて倒れたところを引き起こし、頬を激しく殴りつけた。<br />
	なんで殴られたか分からず、突っ立っている西二等兵の頭上に<br />
	「貴様っ、古兵に手伝わせる奴があるかっ」<br />
	と怒声が降ってきた。<br />
	私は内心しまったと思ったが、もはや手遅れである。<br />
	彼のために言い訳してやるいとまも無かったが、かりに言い訳をしてやれば、さらに上等兵の怒りを煽ることになるのは、それまでの経験に照らして明らかである。私は何も言わず、殴られた衝撃で吹っ飛んだ彼の眼鏡を拾ってそっと手渡した。<br />
	私の心ない行為で、受けずともよい制裁を受けた彼に、一言謝りたい気はするが、皆の前ではそれもできない。<br />
	消灯後、ベッドに入った私は、毛布の下から手をさしのべ、隣に寝ている彼の手を探った。私がお詫びと慰めの意を込めて彼の手を握ると、彼は私の手を握り替えし、二度小さく動かした。<br />
	「分かっていますよ。心配しないで下さい。」<br />
	という彼の心が伝わって来た。やはり彼は私より大人であり紳士であった。<br />
	その後、日ならずして、私は積兵団に編入されることとなり、彼とは別れ別れとなってしまった。<br />
	戦後、私は麻生鉱業に入社し、昭和二十四年、本社から吉隈炭坑労務課に転勤した。<br />
	転勤して間もないある日、机に向かって事務を執っていると、私の傍らに寄ってきて<br />
	「佐藤古兵殿、お久しぶりであります。」<br />
	と声をかける者がある。<br />
	頭を上げてみると、なんと、あの西二等兵が、にこやかな笑顔で立っているではないか。<br />
	私はちっとも知らなかったが、彼は吉隈炭坑の経理課であった。<br />
	「軍隊では大変お世話になりました。消灯後、貴方がそっと下さった饅頭を、毛布の中でこっそり食べたこともありました。しかし、私が殴られたときに拾っていただいた眼鏡は、縁が曲がってしまって、もう使い物になりませんでしたよ。」<br />
	と笑いながら昔話をしていた。<br />
	彼はその温厚な人柄で、会社でも人望のある職員であったが、四十代の若さで急逝してしまった。</p>
<p><a href="http://trigger110.net/archives/1169">次ページ&rArr;「十三、悪夢」</a></p>
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		<title>「十一、靖国神社合祀事務」</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 11:37:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[Private　Room]]></category>
		<category><![CDATA[弱兵物語]]></category>

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		<description><![CDATA[連隊本部の事務室勤務となってから間もなく、ガダルカナルで全滅した歩兵百二十四連隊の残務整理の手伝いを命じられた。 営門と道を挟んだ向こうの小高い丘の上に、将校集会所があったが、事務はその一室で行われていた。 ガダルカナル [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>連隊本部の事務室勤務となってから間もなく、ガダルカナルで全滅した歩兵百二十四連隊の残務整理の手伝いを命じられた。<br />
	営門と道を挟んだ向こうの小高い丘の上に、将校集会所があったが、事務はその一室で行われていた。<br />
	ガダルカナルで、九死に一生を得て帰還した松田大尉と、七、八人の下士官が、ガダルカナル島での戦死者を靖国神社に合祀するための書類を作成していたが、私はその手伝いをさせられることになったわけである。<br />
	はじめは戦争の修羅場をくぐってきた人達で、しかも将校と下士官ばかりの中へ、新兵の私がただ一人放り込まれ、どうなることかと少なからぬ不安を抱いて出かけたことであった。<br />
	執務室の入り口に立って、型通りの申告をはじめたら、正面中央の机にいる将校が、<br />
	「ああ、君が佐藤君か。話しは聞いとる。堅苦しい申告などせんでええ。今日から加勢してくれ。仕事のことはみんなに聞いてくれ。」<br />
	と、ごく気安く声をかけてくれた。後で分かったことだが、その将校がこの事務での責任者の松田大尉であった。七、八人いる下士官も、軍服は着ているものの、お互いに階級の違いなどないような物言いで、まるで娑婆にいるような雰囲気である。<br />
	凍えるような内務班と異なり、赤々とストーブの燃える暖かい部屋で、時にお茶菓子をつまみながらの勤務は、天国にでも来たような気分であった。<br />
	松田大尉以下全員が、悲惨なガダルカナルの戦場を経験して来たに違いなかったが、彼らは執務中、絶えず雑談を交わし、明るい笑い声が絶えなかった。<br />
	彼らの会話から察すると、この事務が終われば、彼らは招集解除となることが決まっていたようだ。彼らの中には、杭州湾上陸以来の者もいるようで、ずいぶん長い間、故国を離れて洗浄を駆けずり回っていた事が覗われた。それだけに彼らの喜びは大きく、この部屋の明るい笑い声となっているのだろうと思われた。<br />
	仕事はガダルカナルで戦死した兵隊一人一人について、戦死の状況をを記録した書類を作成することであったが、私はその書類に誤りはないか、読み合わせをさせられた。<br />
	戦死した日時、場所と死因などを、ごく簡単に記した文章にすぎないが、胸部貫通銃創とか、頭部砲弾破片創などの死因にも劣らぬくらい、戦争栄養失調症と記されたものが数多くあった。<br />
	また、その名簿の本籍地欄に、同じ村の同じ字名が記載されていつものが、五人も十人も続いて出てくることもあった。<br />
	読み合わせをする下士官は、早口によどみなく読み上げて行くが、私の頭の中には、見たこともないガダルカナルの、暗いジャングルの中をさまよう兵隊の姿が描かれたり、山あいに身を寄せ合うようにして立つ農家の風景が浮かんだりした。</p>
<p><a href="http://trigger110.net/archives/1167">次ページ&rArr;「十二、握手」</a></p>
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		<item>
		<title>新会員のご紹介</title>
		<link>http://trigger110.net/archives/1409</link>
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		<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 04:30:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[所長のBLOG ～痛みで困っている方々に…～]]></category>

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		<description><![CDATA[岡山県在住の尾張豊さんが、トリガーポイント研究所の賛助会員として入会され、研究所の活動を応援していただけることになりました。 尾崎さんは、日本柔道整復接骨医学会所属の柔道整復師で、岡山県内で整骨院を経営されると共に、四国 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>岡山県在住の尾張豊さんが、トリガーポイント研究所の賛助会員として入会され、研究所の活動を応援していただけることになりました。</p>
<p>尾崎さんは、日本柔道整復接骨医学会所属の柔道整復師で、岡山県内で整骨院を経営されると共に、四国医療専門学校柔道整復学科専任教員として活躍されています。</p>
<p>また、トリガーポイントの研究にも造詣が深く、トリガーポイント治療を世界に広めたいと、大学院で英語の勉強もされています。トリガーポイント治療に深く関わっておられる方が、医療専門学校の教員として活躍されていることは、これからの痛み医療の発展に大きく貢献されることですので、本当にありがたい事です。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>ＴＰ治療のワークショップ（アドバンス「腰痛」）　加古川市　2月2日</title>
		<link>http://trigger110.net/archives/1376</link>
		<comments>http://trigger110.net/archives/1376#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 07:54:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ramtha</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[所長のBLOG ～痛みで困っている方々に…～]]></category>

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		<description><![CDATA[ワークショップ（アドバンス）開催の背景 痛み治療においてトリガーポイントや筋筋膜性疼痛症候群についての知識やスキルがないと、効果的な治療は望めません。そこで、トリガーポイント研究所では、痛み治療に関わっている方、これから [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>ワークショップ（アドバンス）開催の背景</h3>
<p>痛み治療においてトリガーポイントや筋筋膜性疼痛症候群についての知識やスキルがないと、効果的な治療は望めません。そこで、トリガーポイント研究所では、痛み治療に関わっている方、これから治療家を目指している方を対象としたワークショップを各地で開催しておりますが、継続的にトリガーポイント治療を学びたいという要望が数多く寄せられていましたので、今回トリガーポイント治療のワークショップ（アドバンス）を定期開催することとしました。</p>
<p>これまでのワークショップの模様は・・・</p>
<ul>
<li><a href="http://trigger110.net/lab/activity#nagoyasi1">2011年4月10日：愛知県名古屋市</a></li>
<li><a href="http://trigger110.net/lab/activity#oodatesi">2011年6月18日：秋田県大館市</a></li>
<li><a href="http://trigger110.net/lab/activity#kurumesi">2011年6月26日：福岡県久留米市</a></li>
<li><a href="http://trigger110.net/lab/activity#iizukasi1">2011年9月18日：福岡県飯塚市</a></li>
<li><a href="http://trigger110.net/lab/activity#nagoyasi2">2011年10月30日：愛知県名古屋市</a></li>
<li><a href="http://trigger110.net/lab/activity#kogasi" target="_blank">2011年11月03日：茨城県古河市</a></li>
</ul>
<h3>ワークショップ（アドバンス・コース）の概要</h3>
<p>トリガーポイント治療を行う上で重要な「診断スキル」「治療理論」「治療スキル」などを、詳しくご紹介するワークショップです。通常は講座形式で行っていますが、継続的に参加できない方の為に、講座の内容を分割し、毎回内容を変えたワークショップとして行います。すべてを受講されますと、通常行っている講座を受講された事になります。</p>
<p>全体を通した基本概念は下記の通りです。&nbsp;</p>
<h4>的確に診断ができる知識と診断技術</h4>
<p>「痛み治療」には「指圧」「筋膜リリース」「<a _cke_saved_href="http://www.ramtha-group.org/post1691.html" href="http://www.ramtha-group.org/post1691.html" target="_blank">PIR（ポスト・アイソメトリック・リラクセーション）</a>」など様々なテクニックが使用されますが、痛みやコリを効果的に軽減、消失させるには、「どの治療法を」「いつ」「どこに」使うのかという診断を的確に行わなければなりません。</p>
<p>身体は内外の変化に対してユニットとして対応していますので、患者さんが現在感じている痛みやこりにとらわれず、最初に生じた障害やトリガーポイントを見つけ出さなければなりません。これには問診、動診、触診の知識と技術が必要です。問診、動診、触診を通して、治療の対象部位、治療法の選択、手技の使用時期などを判断し選択を行います。</p>
<h4>機能の変化をキャッチするスキルと感覚</h4>
<p>痛み医療に関わる方は、「構造的アプローチから機能的アプローチ」というパラダイムシフトをしなければなりません。　「椎間板ヘルニア」「軟骨のすり減り」といった構造的な変化は、臨床的な症状とは関係がない場合が多いのに対し、機能の変化は臨床的な症状に直結していることが多いため、私たち治療家は「機能的変化」をキャッチできなければなりません。</p>
<p>機能の変化をキャッチする「感覚」は、あくまでも主観的なもので共有しにくいため科学的根拠になりにくいのですが、機能の変化を捉えるにはなくてはならないものです。そして痛み治療にはこの感覚が何よりも武器になります。機能の変化をキャッチできる感覚を磨くことは痛み医療に欠かせない要素です。</p>
<h4>機能障害の連鎖を推測できる知識と検査スキル</h4>
<p>「筋の異常なパターン」や「外傷」「内臓の機能障害」などは、身体のどこかにブロックを生じさせ、そのブロックされた部位を補償するために「過度の運動性」が生じます。そしてこの過度に使用された部位には筋の障害が生じやがて二次的なブロックを生じさせるようになります。このように機能障害は次々に連鎖を起こして行きやがて全身性の問題となってきます。</p>
<p>また分節単位では「運動機能」「内蔵機能」「筋（トリガーポイント）」「皮膚」などは互いに影響し合うため、その関連性の評価が必要となります。特に脊椎（運動系）と内臓の相関作用については、予想すべき可能性がいくつかあります。</p>
<ul>
<li>脊柱（運動系）が内臓疾患と誤認されるような症状の原因となっている。</li>
<li>内臓障害が運動系のいずれかの罹患と紛らわしい症状の原因となっている。</li>
<li>内臓疾患が分節における反射反応の原因となっている・（運動分節のブロックを含む）</li>
<li>分節運動制限の原因だった内臓疾患は治癒したが、ブロックが残ったため内臓疾患と紛らわしい症状を作っている。</li>
<li>運動分節の障害が内臓疾患の原因となっている。（潜在性の罹患の場合もある）</li>
</ul>
<p>痛み治療を的確に行うには、このような機能障害の連鎖への深い理解が必要です。</p>
<h4>トリガーポイントを効果的に不活性化する療法</h4>
<ul>
<li>傾聴技術・説明力（患者さんの訴えを聴く技術は治療の一環。また痛みをきちんと説明できることも治療の一環）</li>
<li>全体調整の為にスキル</li>
<li>トリガーポイントを弛める為のスキル</li>
</ul>
<h3>ワークショップ（アドバンス①）の内容</h3>
<h4>テーマ：「治療方針を決める問診の在り方と腰痛治療」</h4>
<h4>座学（約1時間）　</h4>
<ul>
<li>腰痛治療の問診法</li>
<li>急性腰痛（ぎっくり腰）の治療方針の立て方と治療法&nbsp;</li>
<li>慢性腰痛の診断法&nbsp;（どこに問題があるのか？）</li>
<li>座骨神経痛様症状の治療法</li>
</ul>
<h4>実技（約3時間）　</h4>
<ul>
<li>腰痛の診断法</li>
<li>急性腰痛（ぎっくり腰）の治療実技</li>
<li>慢性腰痛の部位別治療実技</li>
<li>座骨神経痛様症状の治療実技</li>
</ul>
<h4>質疑応答（30分）</h4>
<h3>対象</h3>
<ul>
<li>痛み治療に関わっている方</li>
<li>今後治療家を目指している方</li>
</ul>
<h3>講師</h3>
<p>トリガーポイント研究所　所長　佐藤恒士</p>
<h3>詳細</h3>
<table align="center" border="1" cellpadding="1" cellspacing="1" style="width: 90%">
<tbody>
<tr>
<td>名称</td>
<td>トリガーポイント治療のワークショップ（アドバンス）&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<td>開催日時</td>
<td>2012年2月2日（木）　13時～18時</td>
</tr>
<tr>
<td>開催場所</td>
<td>
<ul>
<li>場所：リラクゼーション　Body　Plus</li>
<li>住所：&nbsp;加古川市加古川町北在家２３６５友宝ビル１F</li>
<li>電話：０７９－４２１－５８２３　　　　</li>
</ul>
<p><iframe frameborder="0" height="350" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="http://maps.google.co.jp/maps?q=34.758335,134.836535&amp;num=1&amp;vpsrc=0&amp;brcurrent=3,0x3554d83e00655037:0xa869c11c1846e3fc,0&amp;ie=UTF8&amp;t=m&amp;z=14&amp;ll=34.758353,134.836568&amp;output=embed" width="425"></iframe><br />
					<small><a href="http://maps.google.co.jp/maps?q=34.758335,134.836535&amp;num=1&amp;vpsrc=0&amp;brcurrent=3,0x3554d83e00655037:0xa869c11c1846e3fc,0&amp;ie=UTF8&amp;t=m&amp;z=14&amp;ll=34.758353,134.836568&amp;source=embed" style="text-align: left; color: #0000ff">大きな地図で見る</a></small></p>
</td>
</tr>
<tr>
<td>受講料金</td>
<td>10,000円（前納制・<a href="/contact">参加申し込み</a>）</td>
</tr>
<tr>
<td>定員</td>
<td>10名（申し込みが4名以下の場合、延期することがあります）</td>
</tr>
<tr>
<td>主催</td>
<td>
<p>Body　Plus　山本素裕　<a href="http://www.k-body-plus.com/">http://www.k-body-plus.com/</a>　　</p>
<p>（協力）トリガーポイント研究所 (<a href="http://trigger110.net"><font color="#006699">http://trigger110.net</font></a>)</p>
</td>
</tr>
<tr>
<td>申込先</td>
<td>
<p>Body　Plus　tel：079-421-5823　メール：<a href="mailto:body-plus@zeus.eonet.ne.jp" saprocessedanchor="true" style="color: rgb(17,65,112)" target="_blank">body-plus☆zeus.eonet.ne.jp</a></p>
<p>トリガーポイント研究所　tel：092-201-1027　メール：<a href="mailto:trigger.lob@gmail.com">trigger.labo☆gmail.com</a></p>
</td>
</tr>
<tr>
<td>申込締め切り</td>
<td>　2012年1月30日（定員になり次第締め切りさせて頂きます）</td>
</tr>
<tr></tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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