トリガーポイント研究所
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「二十六、帰 宅」

前述したように臼杵駅に到着したのは、もう太陽も高く上がった正午近くである。田舎街の人通りは少なく、大きな毛布包みを背負う敗残兵の姿は目立つこと甚だしい。気のせいか、行き違う人々はみんな私の異様な姿をじろじろ見て行くようだ。気恥ずかしくてたまらない。そこで本通りを避け、多少回り道とはなるが、脇の裏通りを辿ってわが家に帰り着いた。

突然の帰宅で、両親や姉が驚き、母など抱きつかんばかりの勢いで飛び出して来る。

私の後から歯科軍医として応召したと聞いていた兄が、私より前に帰宅していたのには、こちらが驚いた。
聞けば、兄は長崎に駐在する部隊に勤務していたが、八月九日、たまたま島原へ出張診療していたので、原爆の被害を免れたという。しかし戻るべき部隊は全滅したので、島原の部隊に寄留していたところ終戦となり、即日帰還したという。だから着の身着の儘、無一物で帰宅したらしい。

そんなことで私が持ち帰った食料品は、配給物資もままならぬ家族にとっては時ならぬご馳走となった。殊に甘い物には長らく遠ざかっていた家族は、私の持ち帰った乾パンの袋に入っている僅かな金平糖(コンペイトウ)に大喜びしていた。

その夜は、あの鬱陶(うっとう)しかった灯火管制も無くなり、明るい電灯の下で、尽きぬ話に深夜まで家族団欒が続いた。
これから先のことなど何も考えず、その夜は、久しぶりのわが家の蒲団にもぐり、ぐすり寝ることができた。

顧みると、軍隊生活では殴られたり、恐い目に会うこともあったが、同時に多くの人々に助けられ、終始内地勤務であった私は、最も恵まれた兵卒であった。

また家族も戦時下のよろず乏しい生活を強いられたことだろうが、それは世間並みのことで、一人の犠牲者も無く終戦を迎えることが出来たのは、この上ない幸せであった。

何人もの兄弟が戦死した家族も、空襲で一切を失った人も数限りなく居て、今なおその悲しみの中に居ることを、忘れては申し訳ない。そんな思いのなかで、今年は戦後七十年の八月十五日を迎えることになる。

⇒次ページ「あとがき」

2015年6月3日

所長の佐藤です。

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