トリガーポイント研究所
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「十六、志布志へ」

昭和十九年の九月下旬、突然一泊二日の休暇が与えられた。上官から別段の指示は無かったが、家族との最後の別れの機会を与えられたものと、口には出さぬものの全員が暗黙の覚悟をしていた。

戦局は著しく悪化し、国鉄の運行も乱れている中、どう工夫したか覚えていないが、大分県臼杵市の自宅まで、なんとか辿り着いた。

出征間近であることは自覚して居たが、突然の外泊帰宅で、家族もその事情を暗に推測し、戦時下の物資不足の中から出来る限りの料理を姉が作り、母はひ弱な私の健康を気遣いながら、取って置きの配給の酒を注いでくれた。

帰営の門限が気がかりで深夜の列車に乗ることとした。
駅まで送って来てくれた兄が私の背中に手を当て「達者でな」と声を掛けてくれた。その時はこれが最後ではと思って、列車の乗降口から手を振った。照明も極度に遮蔽した深夜の汽車は暗閣の中を汽笛も挙げず発車した。

九月末、部隊は夕刻博多駅で、窓は全て遮蔽した鹿児島本線の列車に乗車、夜を待って門司方面へ向かって動き出した。

私の予想では下り線を南下する筈なのにどうしてだろう。行き先は南九州ではないのか。何処へ連れられて行くのだろう。車中の会話も禁止され、沈黙の部隊を載せて列車は香椎駅を過ぎてさらに北上。やがて古賀駅と福間駅の中間と思わしき所で停車した。薄暗い沈黙の中で、私は何時の間にか眠ってしまって居た。

ふと目が覚めたら、列車は進行方向を逆にして走っている。窓は依然として遮蔽されているから、どのあたりを走っているか分からない。やがて下車命令で降りたところは明るい都城駅のホームであった。

考えてみると、博多駅から一度は鹿児島本線を僅かに北上、深夜を待って南下したのは、機密漏洩を防ぐための手段であったのだろうが、情報探査技術の高度に発達した米軍に対しては、子供騙しの行動で、何の役にもたたなかったに違いない。

都城駅前で行軍隊形をとり、唐黍畑の続く道を南下、夕刻まだ日の明るいうちに志布志町に入った。

私の所属する積二部隊の連隊本部は、志布志中学校の講堂を事務所、寄宿舎を兵舎とすることとなった。

将校達の会話からは、米軍の本土上陸地点と予測される志布志湾海岸に積二部隊を、東、大崎海岸に積一部隊、西、福島海岸に積三部隊を展開し、米軍の上陸を阻(はば)む「水際作戦」を想定した布陣と思われた。

翌朝早く兵舎の裏手の砂浜に出てみると、志布志湾の中央に小さな檳榔島(びろうじま)が佇み、朝凪の単調な波音が耳をくすぐる。平和そのものの風景ではないか。
この浜辺が近く戦場になるなど考えられなかった。

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2015年6月14日

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