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三月二二日 「寒冷期が日本を大陸に近づけた」

中国には北京原人やマパ人などの旧人の化石があり。朝鮮半島にもかつて古代型人類がいたことが石器の証拠から確実だ。そしてナウマンゾウなど、古い動物群がアジア大陸から日本列島へ渡ってきているので、状況的には、原人や旧人が日本にいたとしてもおかしくない。

ところが国内では、沖縄島の港川フィッシャー遺跡、石垣島の白保竿根田原(しらほさおねたばる)遺跡、静岡県の浜北遺跡のものなど、知られている化石人骨はどれもホモ・サピエンスのもので、原人や旧人の化石は一つも見つかっていない。かつて兵庫県の明石で発見された人骨(腰の骨)が古い原人のものだという主張があり、「明石原人」と呼ばれたが、今では事実上否定されてしまっている。

「港川原人」のような呼び名を聞くことがあるが、彼らは決して原人ではない。本物の原人は頭骨が低くて前後に長く、眼の上の骨が肥厚し(眼高上隆起)、額が後ろへ強く傾斜し、後頭骨が鋭く屈曲し、顔は前方へ突出するなど、形態が全く異なるのだ。港川の人類は形態的に明らかにホモ・サピエンスであり、人類学者はシンプルに「港川人」と呼んでいる。

人骨がだめなら、石器などの考古遺物からは何かいえるだろうか。
信頼できる遺跡証拠だけに絞ってみると、日本列島の旧石器時代遺跡の大多数は4万年前より新しいことがわかる。もっと古い前・中期旧石器文化の可能性が取り沙汰されている遺跡も、現時点でいくつか存在する。

しかし、①石器とみなされるものが本当に人工品なのか、自然に割れて石器に似ているだけなのかの区別が難しい。②石器であることは間違いないが、それが出てきた地層もしくはその年代が不明確、といった疑問がつきまとうため。どれも確実とはみなされていない。

というわけで、国内の考古学者たちの意見は割れている。日本列島に4万年前以前の遺跡はなかったと信じる研究者もいれば、岩手県の金取遺跡や長野県の竹佐中原遺跡などの石器はより古い時代。あるいは原始的なタイプのものとみなす専門家もいて、なお列島の原人・旧人をめぐる論争は決着していないのだ。

私自身は、いた、いなったかという問いかけとは少し違った角度から、この問題を見ている。古代型人類が日本列島にいた可能性を完全に否定することは難しいが、候補にあげられている遺跡がそもそも少ないということは、いたとしても、その人口はわずかだったことを示しているはずだ。中国や韓国からは、原人もしくは旧人が作った、ハンドアックスと呼ばれる大型の石器が多数発見されているが、このタイプのものは日本では知られていない。日本全国で記録されている旧石器時代の遺跡数は既に1万以上にのぼるが、それだけ調査してこの目立つ石器が見つからないという事実には、留意すべきだろう。

一方これと対照的な、たいへん興味深い事実がある。それは3万8000年前以降に、列島において遺跡の数が爆発的に増加したことだ。

日本旧石器学会の集計によれば、全国には旧石器時代の遺跡が1万箇所以上もある。これは世界有数のデータ量で、それだけの調査件数があるということにも驚くが、もう一つたいへん面白くかつ重要なのは、これらの遺跡の年代が3万8000年前以降に集中している、と言う事実だ。どうしてそうわかるのか。

まず、日本列島の旧石器時代の遺跡とは、どういう場所にあるのだろうか? 旧石器時代人は山の中に住んでいたと誤解されている方々も少なくないようだが、必ずしもそうではなく、遺跡はむしろ平野部に多い。

例えば、東京都の国分寺市から杉並区に至る武蔵野台地の一角は、旧石器時代遺跡密集地だ。黒っぽい縄文時代の地層を掘り抜くと、その下の赤色をした立川ローム層の中から、石器、焚き火跡、調理を行なったと思われる焼け石の集積といった人工遺跡が出てくる。国立科学博物館・日本館の展示では、環状8号線沿いにある杉並区立高井戸小学校の校庭を掘ったときの土層を剥ぎ取って展示しているが、この周辺にもそうした人々の活動の痕跡が残されているのだ。

このように全国に広がる旧石器時代遺跡の中で、一番古い年代値が出ているのは、熊本県にある石の本遺跡群8区と54\55区、静岡県の井出丸山遺跡、長野県の貫の木(かんのき)遺跡である。放射性炭素年代測定法によるその年代は、どれも3万8000~3万7000年前を示している。

(注)放射性炭素年代測定法=炭素十四を用いた年代測定法。アメリカの化学者リビーが開発。生きた生物は常に大気と物質交換しているので、質量数十四の炭素原子と質量数十二の普通の炭素原子との比は一定であるが、生物が死ぬと質量数十四の原子は壊変して、時とともに減る。これを利用して過去数万年程度までの年代を測定する。

年代測定値が得られていない遺跡でも、場所によっては地層から年代を知ることが可能だ。例えば、今から3万年前に、現在の鹿児島湾(姶良カルデラ)を作ることになった火山の巨大爆発があったが、そのテフラ(空中を飛んで降下した火山灰や軽石)は東北地方や朝鮮半島でも確認されている。従って地層の乱れのない場所で、「ATテフラ」と呼ばれるこの爆発のテフラを見つければ、それより下の地層は3万年前より古いということになる。東京都と埼玉県にまたがる武蔵野台地には、地層に地域共通のパターンがあるため、「標準層序」というものが設定されており、地層に上からI、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、V層・・・と番号が振られている。

Ⅱ層は弥生・縄文時代の黒っぽい地層で、Ⅲ層以下が赤みを帯びたローム層だ。Ⅵ層中に3万年前のATテフラがあり、旧石器時代の遺物はその下のX層まで、途切れなく見つかるのである。ところがX層の下位になると、遺物がぱったり出なくなり、人類活動の痕跡が跡絶えてしまう。X層の年代データは多くないが、報告されているところでは3万5000年前頃らしい。(杉並区にある堂の下遺跡・高井戸東遺跡・府中市の武蔵国分寺跡関連遺跡)。つまり現在の東京都における人類活動は、この時期以降に突如として現れたことがわかる。

この地域の調査を精力的に進めた東京都教育庁(当時)の小田静夫によれば、X層以下にはしばしば洪水に見舞われた痕跡があるので、3万5000年前以前の武蔵野台地は住みにくい場所であった可能性がある。武蔵野台地の遺跡年代が3万8000年前に及ばないのは、そうした事情があったかもしれないが、ともあれ旧石器時代の遺跡が50もある台地で、3万5000年前以降に人口が急増するパターンが明確にみえる、ということは極めて重要だ。

同様に火山活動によってローム層が発達している南九州や静岡県・神奈川県でも、状況は似ている。日本旧石器学会が編集したデーターベースを利用して出穂雅美が数えたところ、日本列島全体でATテフラの下位、つまり3万年前より古い遺跡は442ほどあるらしい。3万8000年前以前には存在したかどうかわからない人類遺跡が、突如として爆発的に増えたのだ。

こんなことが起こる理由は、あれこれ考えても一つしか思い当たらない。これはきっと、ホモ・サピエンスが列島に渡来したシグナルなのだろう。古代型人類の先住者がいなかったか、いても少数だった日本列島に、3万8000年前頃、ホモ・サピエンスが渡ってきて急拡大したのではないだろうか。(中略)

5万~3万年前の氷期であった当時の海面は、今より80mほど低かったので、現在より少し陸域が広がっていた。注目すべきポイントとして、以下の4点が挙げられる。

1)アジア大陸では黄海がほぼ消滅し、中国東部の海岸線が100~400kmも沖に張り出していて、台湾は大陸の一部となっていた。

2)日本列島では瀬戸内海は存在せず、本州・四国・九州がつながって一体となった「古本州島」を形成していた。古本州島と朝鮮半島とは、今より狭い海峡で分け隔てられて行いた。

3)北海道は、古本州島と離れていたが、サハリンを介してロシアのアムール川河口まで陸続きであり、アジア大陸から南北に伸びる半島の先端となっていた。
この半島は「古SHK(Sakhalin\Hokkaido\Kurile)半島」と呼ばれている。

4)琉球列島の島々も少し拡大し、石垣-西表、沖縄-慶良間(けらま)など合体していた島もあったようだが、多くの島々は孤立していた。

3万年前を過ぎると寒さはさらに厳しくなり、2万年前頃にはそのピークを迎える。気温が今よりも7~8℃低かったこの時の海面は、現在より130mも、下がった位置にあった。その影響で対馬は古本州島に取り込まれ、朝鮮半島を隔てる海峡の幅はわずか数キロメートルに縮小して、日本海はほとんど湖と化していた。屋久島と種子島も、当時は九州と接続していたはずだ。

気候と地形の変化は、当然ながら列島に暮らす動物と植物にも影響する。旧石器時代の日本列島には、今では絶滅したナウマンゾウ、オオツノシカ、ヒョウなどがいたほか、寒冷化が進んだ頃には大陸北方からマンモス、ヘラジカ、ステップバイソンなども渡ってきていた。植生においては、落葉広葉樹が減って、針葉樹が列島のかなりの範囲を覆っていた。

ここで教えられたことなどを整理してみる。

① 寒冷期の気温が海面を最大130mも下げていたとは驚きであり、それによって日本列島と朝鮮半島を隔てる海峡が数キロメートルとなった時代があったとすれば、大陸から日本列島に人々渡ることもさほど難しいことではなかったことだろう。

② ここまで見てきたところは、海部先生の立てられた仮説であるが、これほど科学的資料に裏づけられたもので、素人の私には真実に近いものと思われる。

③ それにしても海部先生の研究を支えたものが、放射性炭素時代測定法など、近年急速に研究開発された多くの科学技術の進歩によるものではないだろうか。

④ 科学技術の進歩発展は加速度的に進んでいるようであるから、海部先生が仮説とされているものの多くが近い将来、科学的に証明され、定説となるのではないかと思われる。

2016年5月22日

所長の佐藤です。

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