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第二十九話「名人のプライド」

「わが青春に悔い無し。」とか「私の人生に悔いはありません。」などと言う言葉を見たり聞いたりする度に、そう言える人が羨ましいと思う。
 
また、何々一筋に生き人間国宝とか言われる人はもちろん、そこまでいかなくても一芸一能に秀でた人、何か一つでもライフワークと言えるようなものを持っている人は、まことに素晴らしいと思う。
 
それにひきかえ、自分自身の人生を振り返ると、つねに受け身で環境の移ろいに流されるまま漫然と生き続けたに過ぎない。何の取り柄もなく、おまけに病気ばかりしながら、よくもまあ今まで飢えることも無く、まずまずの暮らしをさせて頂いたものである。
 
それは長年に亘って私のような者を使ってくれた会社をはじめ、上司、先輩、同僚、後輩など、私を支えてくれた方々のおかげに他ならない。その意味では幸せな人生であったと感謝しているが、他人様に誇るほどのものでなくても、せめて子や孫に語れる特技すらなく、晩年を迎えてしまったことは、まことに淋しいかぎりである。若き日に散々聞かされた「後悔先にたたず」の古諺が身に沁みて感じられる今日この頃である。
 
しかし、このような平凡無能なわが身であることに思い到ったのは、中年を過ぎてからのことで、若い頃はおこがましくも自分は周りの人よりも多少なりとも有能だなどと思い上がっていたものである。
 
それは今から考えてみると、単に大学卒という学歴だけで会社がそれなりの処遇をしてくれ、周りの人がそのポストに対して儀礼的敬意を表してくれたのを錯覚していたのに過ぎない。まことに恥ずかしい極みである。こうした心ばえだから、真に実力のある人や特技を持つ人の心構えなど分かる筈も無かった。
 
麻生本社の労務課に勤務していた頃、当時労務統計など計算事務を長く担当していた内村さんが経理畑へ転出することになり、その後任として芳雄製作所の経理にいた百津昭四郎君に来てもらうことになった。
 
彼は中津商業、大分経専の出身で昭和二十二年の入社だが、私とは松月寮(社会党政権下で料飲店禁止で休業中の料亭松月を一時本社独身寮として使っていた。)や紅葉寮で同じ釜の飯を食った仲であった。
 
珠算に堪能なことはかねてから聞いていたが、それよりなにより気心の知れた彼の来任は大歓迎であった。
 
彼と机を並べるようになって気をつけて見ていると、膨大な賃金統計表など、普通は縦横それぞれ集計して双方の最終合計額が一致することで計算の正確さを確認するものだが、彼は縦横いずれか一方だけを集計して終わりとする。いわば算盤の入れっぱなしで平然としている。だから集計に要する時間は著しく短い。素人の私などから見れば手抜きをしているのではないかと思えてくる。
 
珠算の名人と言われる本人に質すのは些かはばかられる気がしたので、あるとき前任者の内村氏にこの話をしたところ、
「ああ、百津君ぐらいの腕になるとそれで間違いありませんよ。自分の算盤に絶対の自信を持っているのでしょう。彼なら八桁の集計ぐらい暗算ででも出来るんじゃありませんか。」と言うことであった。
 
珠算が出来ない私は驚くと共に、本人に聞き質さなくてよかった、危うく大恥をかくところだったと密かに思ったことであった。
 
彼は算盤が堪能なだけでなく、書も良くし、温厚寡黙な人柄で申し分のない事務屋であった。しかしそれにもまして良く気が回り、日頃部長、課長や私(当時は課長代理だった)などの会話を算盤を入れながら小耳に挟み、私が次に指示するであろうと思われる作業を予めやっておくというような、心憎いまで優秀なスタッフであった。
 
労働組合との団体交渉、社内の部課長会議や業界の労務担当者会議などには私達が出席し、彼はその場に出るわけではないが、折々の私達の会話から事態の推移を予測し、やがて必要となる資料を密かに準備していたようである。
 
だから、私が必要なデータの作成を指示すると、彼は即座に机の引き出しから既に完成した資料を取り出すという有り様であった。
 
しかも彼は上司から求められるまでは、自分の方からそれを誇示することなど決してなかった。こういうのを奥床しいと言うのであろうが、上司としてはこんな有り難い部下はいない。二、三度こういう経験をしてからは、私はつとめて会議や交渉の状況、また私自身の思案などを彼に伝えておくようにした。
 
仕事上このように緊密な関係にあった上に、彼の人柄にも惹かれて私生活でも深く交際する仲となったが、こちらでは年長の私が麻雀や酒を教え、些か彼をひきそざした感がある。
 
あれは昭和二十九年のことであったろうか、当時石炭産業のベースアップは集団交渉方式で、麻生の場合、労働組合の上部組織である全炭礦(全国炭礦労働組合連合会)と経営者の団体である九州石炭鉱業連盟との間で行われていた。
 
この交渉は福岡の連盟事務所で行われ、会社からは麻生典太専務、熊谷労働部長が交渉委員として出席、私と百津君は事務スタッフとして連盟事務所の別室に詰めていた。
 
交渉の進展につれ、専務や部長から伝えられるベースアップの提示案に基づく職種ごとの賃金展開、賃金支払い増加額、退職金や社会保険料事業主負担額への跳ね返り、トン当たりコストなどの計算をして、交渉委員の決断資料を提供するのがその任務である。
 
ところで、どういう事情からか、ストライキを控えた交渉というものは、例年深夜の交渉となる。労使双方昼間は休養して、日が沈んでからボツボツ事務折衝が始まり、本格的交渉は夜を徹して行われるのが毎度の慣例であった。
 
その日も我々は徹夜で待機していたが交渉はサッパリ進展を見ぬまま夜が明けた。連盟事務局で我々スタッフにも朝食の用意をしてくれたが、連日の徹夜待機で食欲もでない。
「こんな時は酒の方がいいですね。」と言う百津君の提案に「この分では我々の出番は今夜か明朝だろう。今日は一杯やってぐっすり眠って英気を養うか。」と、かねて呑ん兵衛の私は早速賛成。
 
ようやく店を開けたばかりの酒屋で酒を購め、朝食のお新香を肴に飲み始めた。徹夜の空きっ腹に酒のまわりは早く、たちまちホロ酔い気分になった。
 
ところが油断大敵、交渉は急転直下大詰めを迎え、私は専務に呼ばれ、回答額が固まったのでそれによる試算をするよう命じられた。慌てて各種計算式をたて、次々百津君に計算してもらう。
 
何枚かにわたる計算を彼は例によって素晴らしい速さで処理していく。と、彼の計算した結果を見ていると明らかにおかしい数字がある。彼の計算に誤りは無い筈と思うものの、私の予想する数字とあまりにもかけ離れているではないか。
 
徹夜した朝、しかも一杯やった後であってみれば、名人百津君の算盤に狂いが生じても当然だと思った私は「おい、この数字はおかしいぞ。もう一度算盤を入れてくれ。」と何気なく言ったものである。
 
その途端、日頃温厚な彼の表情が一変、憤然として「計算に間違いはありません。」と応え算盤を取り上げようともしない。
「しまった!名人を怒らせた」と思うものの、結果の数字が間違っていることには違いない。時間は刻々迫るし、私はイライラするが彼は頑として再度の計算に応じようとしない。私は初めて接した彼の頑固さに呆れるやら腹が立つやらしたが、とにかく何とかしなければならない。
 
結果の数字がおかしいのは、彼の計算が狂ったのか、さもなければ計算を指示した私の算式が間違っていたのかのいずれかだ。私は私でこれまでこうした計算式の作成は、ずいぶん手がけて来たことで、自分なりに自信を持っていた。
 
だから算式に誤りのある筈はない、アルコールのせいで彼の計算が狂ったに違いないと思いながらも、今一度自分の算式に誤りが無いことを確認した上で、彼をギャフンと言わせてみよう。と気負いながら自分の算式を再検してみた。しかしどう見ても私の算式には誤りはない。
 
それ見ろ、矢張り彼の計算ミスだと思いながら、ずーっと計算用紙を見ていると、しまった!連続計算の二枚目から三枚目へ移るところで、なんと私自身が転記ミスをしているではないか。
 
先ほどの気負いも空気の抜けた風船のように一瞬にしてしぼんでしまった。徹夜明けの朝酒で狂っていたのは私の方で、名人百津君の算盤には寸毫の狂いもなかったのである。
 
それにしても自らの算盤に絶対の自信を持つ彼のプライドには感服の他はなかった。
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや(※)」と言うが、この時の私はまさに名人のプライドを知らざる燕雀の類であった。
 
(註)ツバメやスズメのような小さな鳥に、どうしてオオトリやクグイのような大きな鳥の志が分かるだろうか。小人物には,大人物の大きな志は分からない。
 
(平成二年)
 

2014年10月30日

所長の佐藤です。

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