トリガーポイント研究所
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「老いる」

肺結核治療のため利用したストレプトマイシンの副作用で、私は五十年以上も前から難聴に苦しんでいる。いわゆるマイシンつんぼである。
 
最近では老齢化も重なり左耳は殆ど聞こえない。テレビは音量を大きくしないと聞こえない。かと言って聞き分けられるほど音量を上げると傍(はた)迷惑となるので、テレビをつけるのも億劫(おっくう)になり、この頃ではニュース以外は殆ど見ない。
 
他人様との会話でも、尋ね直すのも度重なれば相手に失礼になることで、たいていは分からぬまま相槌をうって誤魔化している。
 
会話の相手は怪訝な顔をしていることもあるが、その時はトンチンカンな応答をしていることと思われる。
 
逆に耳の悪いことを逆手に、都合の悪い話は聞こえぬふりをすることも覚えた。補聴器を使えばと勧められることもあるが、聞こえぬふりが出来なくなるので、いまだに利用していない。
 
しかし、老体に難聴というのはまことに不便なことである。両手に杖をつきながら狭い道を歩いているとき、後から車が来ても分からない。最近のドライバーは余程のことがないと警笛を鳴らさない。やたらと警笛を鳴らすのはマナーに反するということらしい。
 
そこで歩道もない道を歩くときは務めて道の右端に身を寄せて歩くことにしているが、それでもすぐ傍まで来た車に驚かされることがしばしばある。
 
ドライバーにしてみれば、もっと道の端に身を寄せればと不満気な顔をする人も居るが、こちらの難聴が分からねば、尤もことと思われる。
 
そこで、背中に「難聴者」と張り紙でもしておこうかと考えたこともあったが、今どきの世の中、張り紙を見て悪戯をする不心得な者も居るのではと思い諦めた。
 
家内から「つくつく法師が鳴いていますよ」と言われるまで気がつかなかったが、耳を澄ましてみると、微かに聞こえた。久しぶりに耳にしたその声で六十年以上も昔の記憶が呼び戻された。
 
 宿題の 終わらずつくつく 法師鳴く
 
私の通学した旧制小倉中学は,夏休みの宿題が山ほど出され、毎年苦しめられたものである。
冷房はもとより扇風機も無く、蚊取り線香をつけても纏わり付く無数の蚊を団扇で追い払い追い払いしながら悪戦苦闘した夏休みが思い出される。
 
そんな思い出話を語り合った友人の誰彼もみんな亡くなり、この暑い今年の夏は私一人になってしまった。
 
夜になって少し涼しい風が出てきた。もうすぐお盆だが、今年はあいつらも戻って来てくれるかな。それとも「猛暑のそちらに行く物好きは居ない。そちらでうろうろしてるのはお前一人じゃないか。話がしたけりゃ、さっさとこっちにやって来い」と言うことかも知れない。
 
(平成二十五年八月十日)

2013年12月24日

所長の佐藤です。

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